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てぃると。心の底から書きたいことを書く。

【成功体験がないやつちょっと来い】成功と失敗を分けるたった1つの違いについて

犬の散歩をしながら、これまでの自分の成功体験と失敗体験を思い返してみた。

 

それで、成功できたときはなぜ成功できたのか、失敗したときはなぜ失敗したのか考えてみた。

 

振り返ってみると、成功したときも失敗したときも、大して差がないように思えた。

 

どちらの場合も、同じように情報を集めて知識を蓄え、すでに成功している先人たちからアドバイスをもらった。

 

にも関わらず!

 

同じようにやったはずなのに、圧倒的に成果に違いが出る。

 

どうしてだろうと思った。

 

仕入れたテクニックの量の差か?

 

反復練習の量の違いか?

 

うんうんうなりながら考えてみたんだが、それらしき違いもない。

 

それなら運の違いか?

 

それとも才能の違いか?

 

そんなことを考えていたら、はっと気がついた。

 

 

 

たった一つの違い

 

成功したときと失敗したときで、一つだけ全く違うものがある。

 

それは強烈な目的意識

 

よくよく考えてみたら、成功したときは、

 

「なぜこれをやるのか」「なぜ他の誰でもない自分がこれをやらなければならないのか」

 

という点がはっきりしていた。

 

例えば、大学受験のとき。

 

浪人していたため、「もう後がない、これに落ちたらもう終わりだ」と思っていた。

 

だから、猛烈に勉強した。

 

今考えれば、効率も悪ければ要領も悪かったんだが、それでも一応合格は出来た。

 

強烈な目的意識があったからだ。

 

 

知識量の有無やテクニックは二の次

 

成功するためには、「知識が必要だ」「テクニックが重要だ」と考えがちだ。

 

だけど、こいつらはしょせん枝葉でしかないんだよねー。

 

もっとも重要なのは明確な目的。やり遂げる強い意志。

 

それがなければ、どれだけ知識を手に入れようと、どれだけいい情報をもっていようと勝てはしない。

 

失敗したときを思い返してみるとわかるんだけど、とにかく甘いんだ自分に。

 

僕の場合はほんとそう。

 

目的がはっきりしなくて、本当にやる必要がないから、やっていない。

 

目的がはっきりしなくて、本当にやる必要がないから、どこか身が入らない。

 

それだから失敗する。

 

「やってみたけどダメだった」なんて言い訳してみるけどさ、

 

「やってみた」なんてこと本当は無いんだよね。

 

「できたか、できなかったか」しか無い。

 

目的意識があると、一瞬一瞬に対する集中力も違ってくる。

 

当たり前と言えば当たり前なんだけど、当たり前のことが一番難しい。

 

 

「目的意識をもってやっている」というヤツの9割が信用できない

 

「それなら、成功するために、これからやることは全て目的意識をもってやればいいんだな」

 

ということになるんだけど、この目的意識を見つけるのがまた難しい。

 

というか、たいていの人がやってしまいがちなのが、

 

「目的? もちろんラブ・アンド・ピースさ。あはははは」

 

みたいな、チリほども思っていないことを目的にしてしまうっていうね。

 

あるいは、そこまでいかなくても

 

「他人の役に立つため!」

 

とか

 

「親を助けたいから!」

 

とか。すっごい善人気取りのやつ。

 

お前本当にそう思っているのかよ!? そんなの絶対嘘だろ! って言いたくなる。

 

自己啓発書とかに影響受けて、他人のためになんかした方がいいのかって思って、

 

利他的な動機から行動を起こしてみたことがある。

 

でもそういうのは絶対にうまくいかない。

 

いいことをしているはずなのにうまくいかない。

 

自分の成功体験を思い返してみるとわかるんだけど、「他人のため」で成功していることがほとんどない。

 

むしろ、劣等感とか自分のふがいなさに対する怒りとか、そういう負のエネルギーから出た執念みたいなものが目的意識を形作っていることが多い。

 

あくまでぼくの場合だけどね。

 

結果的に他人のためになっていることはあっても、まず中心にあるのはいつでも自分だった。

 

自分が楽しんでやっていたら成功して、いつの間にかそれが他人のためにもなっていたってやつ。

 

ものすごくエゴイスティックなやり方なのはわかっているんだけど、そのエゴのドロドロした部分っていうのは、核燃料並みのパワーがある。

 

だから自己に根差して目的を考えてみたら結構うまくいきそうなんだよね。

 

いや、もちろん、他人のために何かしたい! っていう意識も大事だよ。

 

それはわかっている。

 

だから他人のために強い信念が持てる人がいれば、それはすごくいいことだと思うんだ。

 

ただ、僕の場合はもう少し、自分を軸に据えた方がうまくいくというだけ。

 

たぶんこの辺は人それぞれだと思う。

 

 

執着と執念

 

さっき執念って言ったけど、

 

「執念をもってやってれば、対象に執着してしまって、かえってうまくいかないんじゃないか?」

 

と思ってしまうこともある。

 

たしかに執着すると絶対に失敗するし、執着はときに人生を狂わせる。

 

でも執念と執着は違うよね?

 

執着はまだ何かにとらわれているけど、

 

執念となると、もう既に、変なこだわりは消えているんじゃないかな。

 

だから、執念ならどうだろう?

 

って考えたとき、それならうまくいくって分かるんだよね。

 

 

映画『セッション』に学ぶ執念

 

『セッション』って映画をこの前見たんだけどさ、

 

 

鬼コーチが青年ドラマーにパワハラまがいの指導をするわけよ。

 

でも青年ドラマーは死ぬ気でその鬼コーチのトレーニングについていくの。

 

でね、映画の途中でコンサートのシーンがあってさ。

 

そのコンサート会場に向かう途中、青年ドラマーは交通事故に遭うの。

 

車の運転中に衝突事故を起こすわけ。

 

でも、事故にあったことなんか気にせず血まみれでコンサート会場に向かうのね。

 

もう周りの仲間もドン引きよ。えぇ・・・って感じ。

 

でも、

 

あれ見たとき、あー、執念だ。執念があれば、絶対に人は折れないんだなあって思ったよ。

 

いや、あれはあくまで映画だから、現実では・・・って話なんだけど、

 

でもさ、あの映画を作った監督が言いたいのは、そういう執念のすごみみたいなもんなんじゃないかと思うわけですよ。

 

もう理屈とかテクニックとかの次元じゃなくて、そういうのを超えた先のエネルギーというか、何かそんな感じのもの!

 

それが大事なんじゃないかと。

 

別にあの映画で、「目的意識がー」とか「執念がー」とか言ってたわけじゃないけど、ぼくはそういうことなんだと自分で納得しています。

 

 

まとめ

 

なぜか失敗ばかりのやつは「自分がそれをやる目的は何なのか」について見直してみよう。

 

やっぱり失敗するよりは成功する方がいいよね。

 

ぶっちゃけ、失敗とか苦労とか何の役にも立ってないもん。

 

成功した経験は強烈に自分を支えているけど、失敗体験はほんと少量でいい(全く無いのも問題だけど)。

 

それにしても・・・、

 

こんな記事をここまで読んでる人って、失敗ばかりのダメ人間だと思う。

 

でも、ぼくもそんな感じだから、気にすんなよ!

 

 

 

うん。まあ、

 

頑張っていこう!

やる気出ない、やる気出ない、やる気、出ない。

あー、もうすっごいやる気出ない。

 

もう一回言うわ。

 

すっごいやる気出ない。

 

出ない。出ない。出ない。だるい。だるい。だるい。

 

YARUKI DE NAI!!!

 

さすがに思ったよ。

 

いかんいかん、このままじゃダメだ。よし、やるぞ」って。

 

そう思ってPCを立ち上げたら満足してしまった。

そこでやる気を使い果たしてしまった。

 

 

やる気ってどうやって出すんだろう?

 

あ、側坐核を刺激してドーパミンが云々とか止めて下さい知ってます^^

 

体を動かすとやる気が出る? 作業興奮

 

はいはい、知ってます^^ やってみましたでもだめでしたー! おつ!

 

やる気出ないって言うからやる気出なくなる?

 

はいはい、それも知ってますう。既にやってますう。

やる気出ないとき、いっつも「あ~やる気出る~。めっちゃやる気出てきた!やる気出てきた!」って言ってますー。

ああ、やる気出る~。

 

 

作業興奮だとかさ、言葉を変えるとかさ、

そういうやる気に関する知識を詰め込んで、それを実践してみたからってやる気は起きるわけじゃないんだよ。

 

むしろ知識で頭でっかちになっていると疲れることこの上ない。

 

 

知識があるより、バカの方が絶対に世の中生きやすくない?

 

無知の知(ドン!)」

 

とかよく言うけどさ、

 

あれって「無知と知ることが賢くなるためのきっかけ」と言う意味じゃなくて

 

実は、Ignorance is bliss(無知は幸福である)って知ることなんじゃね? って斜に構えて見てしまう。

 

ソクラテス、おい、どうなんだよ? 現代に転生して教えてくれ。ギリシャ語は話せないけど。

 

なんて言うかさー

 

年を重ねるごとに余計な知識ばっか増えてさー

 

なのに本質というか生きる上で大切なことって見えなくなっている気がするんだよね。

 

最後に大笑いしたのっていつだっけ・・・(遠い目)

 

そろそろ精神的な断捨離が必要だわ。

 

あー、やる気出ねえ。

 

 

それでもやる気出してやる気について考えてみる

 

どういうときに自分はやる気が起きるかって考えてみたら、

 

だれかがそばに居てくれるときかなって思った。

 

なんかかまってちゃんみたいなこと言ってるけど、たぶんそうかなー、と。

 

例えばさ、付き合い始めたばかりの恋人がいてさ、その人が「頑張って!」なんて言ってくれたら

もう地球を動かすぐらいのパワーが出るじゃん?

 

やる気って、たぶん人との交流から来るんだろうな。

それが全てじゃないけど、そういう側面もあるんだと思う。

 

他人のエネルギーをおすそ分けしてもらうっていうか、他人のエネルギーと共振させるっていうか。

あるいは他人のために何かしたとき、そのために使ったエネルギーが半分自分にも飛んでくるというかさ。

 

そりゃあトランプだって大統領になるよ。みんなに応援してもらったんだもん。

みんなに見られてたらさ、「やらなきゃいかん」って、気持ちにも力入るっしょ。

 

この前

 

別な記事で「自営業(という名のニート)してる」って書いたけど、

自営で一人でPCに向かっていても、ものっそいやる気出ないのよ。

 

クラウドワークスなんかでちょいちょい仕事受けて、書き物したり翻訳してても、

「あーーーー」ってなる。あーーーーって。

 

自営向いてないのかもね。そもそもほとんど稼げてないし。

 

かといって正社員も嫌だ。

 

マジで嫌だ。

 

会社に週5日8時間以上拘束されるとか笑えない。

 

最近仕事辞めてようやく抜け出してきたのに、また戻るのかって思ったら「あーーーーー」ってなる。

 

あーーーーーーー

 

 

やる気に左右されないことに決めた

 

こうなったらあれだ。やる気がどうとか考えるの止めた。

頭に思い浮かべるのすら止めた。

 

頭に思い浮かべなければ、「やる気」などというものはハナから存在しないのである。

 

「やる気」って頭に思い浮かびそうになったら、変わりに別なものを思い浮かべることにしよう。

 

FXで有り金全部溶かした人の顔思い浮かべるわ!

 

 

それにしても

 

やる気なんて概念誰が作ったんだ。マジで。縄文人か? 恨むぞ?

 

こんな言葉があるから、やる気が出たり出なかったりするわけで。

 

『1984』の世界みたいにそろそろNEW SPEAKが必要なんじゃ無いですかね?^^

 

不要な言葉は抹消せよ!

 

いや、ごめん、嘘。

言っていいことと悪いことがある。

 

とにかく、やる気なんぞに惑わされず淡々とやろう。それが一番や。

 

 

あっ。

 

 

そういえば、『1984』の世界にも政府のスローガンとして、Ignorance is blissって出てこなかったか?

 

ぼく、あの世界に行ったら、優秀な同士になれそうです。。。

 

2+2=5です。うひひ。 

潜在意識に関するリスト【構築中】【本当は教えたくないシリーズ】

潜在意識って知っているだろうか?

 

潜在意識? 何それ?

というのが大方の反応だろう。

 

あるいは、知っているやつであっても

ああ、フロイトが言ってたやつでしょ? 高校倫理で学んだね。

 

ぐらいの知識しか持ち合わせていないはずだ。

現にぼくがそうだったからね。

 

「潜在意識(無意識)なんて誰でも知っている」

 

みんなこう思い込んでいるんだ。

 

あのさ、これを知っているか知らないでは、人生に大きな差が出るのよ。

ぼくは半年ほど前にこの潜在意識について知ったのだが、正直ここまで使えるものだとは思わなかった。

 

本当は教えたくない。だって自分だけの秘密としてとっておいた方がいいから。

自分だけハッピーになった方がいいじゃん。

 

でも教えることにした。

 

書くネタが無いからみんなのためにね!

 

ちまちまとネタを小出しにしている自己啓発とか潜在意識系のサイトもうっとうしいし、ここで全部書いたる!

 

メルマガに登録させてお金をとろうとしている奴らもいるけど、潜在意識なんてそんなに大層なもんじゃねえから! 

 

君たちがお金とって教えていることも全部ここで書いちゃうよ^^

 

具体的にどう使えるのか

 

とにかくメリットだらけ。

 

病気全般の治療から目標達成、自分の物事のとらえ方を変えるにも使えるんじゃないか。フロイトユング、それからマーフィー博士(潜在意識を自己啓発に昇華させた人)に感謝、感謝!

 

ちなみにぼくの例で言うと、

 

・体重をコントロールできるようになった

・なぜ自分には悪いことばかり起こるのか理解できた

・なぜ自分はいつも目標を達成できないのかわかった

・ニキビ跡が治った(現在進行中)

・お金に困らなくなった

・周囲の人間がコントロールできる

 

などなど良いことが立て続けに起きている。

 

あり得ないと思うだろ? ぼくも最初は半信半疑だった。

でも不思議とうまくいくんだ。

なぜかはわからない。

単なるプラシーボかもしれない。

だけど、それだけとは思えない。

 

この不思議な力については、ぼくもまだまだ実験中&研究中だ。

 

以下に潜在意識についてのリストを書く。

だが実は、まだ記事を作っていない。

「こんなこと書こうかな~」というただの覚え書きだ。

メモツールとしてのブログ本来の使い方だ。

 

本当はこの1記事に、以下のリストのノウハウを全部詰め込もうと思ったのだが、リストだけで1000字を超えた。仕方がないから文章を分けることにした。

 

これから記事を書いて、出来上がるたびにここにリンクをしていく。

随時更新型だ。

出来上がるまで数週間かかるだろう。

できたら見に来てくれ。

 

なぜ潜在意識を知らなければいけないのかもっと詳しく 

執筆中

 

潜在意識の基礎的な解説

まずはこちらから。

ユングフロイトが考えたことを書いています。 

 

tilt.hatenablog.com

 

 

潜在意識の特徴

 

潜在意識の特徴まとめ。

長くなっちゃったので、目次だけ目を通せばOK。

tilt.hatenablog.com

 

 

潜在意識の力を最大限に発揮するための指針:思考編

執筆中 

 

①朝起きたときと夜寝る前に刷り込む

②頭で考えるだけではなく、口に出し、書き出す

 -本当にイメージしているか? 悪いイメージを浮かべていないか?

③「私は~たい」「~べきだ」と言わない

④「私は~だ」の言い方は、本当に自信があるときだけ

⑤不安や恐怖について一切考えない

⑥無理やりではなく、リラックスして行う…逆努力の法則

⑦「どうやって実現するのか」考えない

⑧科学的思考を捨てる

⑨自分の非力を認める

⑩顕在意識が担当する機能について

⑪願望に制限をつけない

⑫信じるかどうかはあまり関係がない

 

 

潜在意識の力を最大限に発揮するための指針:行動編

 執筆中

①すぐやる(感情を行動に変える)

②直感・インスピレーションにしたがって行動する

③余分な知識・教養を身につけない

④断捨離・ミニマリズム

⑤毎日変化をつけて行動する

⑥日記/日誌をつける

⑦目標は小さく設定する

⑧心に抱く願望は人に話さない

⑨思考・感情と行動を一致させる

 

 

潜在意識の周辺知識

 執筆中

引き寄せの法則

②ホ・オポノポノ/セレゴ・メソッド(潜在意識のクリーニング)

③運・ツキ

④メンタル・ヴィゴラス状態

⑤コンフォート・ゾーン

⑥瞑想

⑦言霊

⑧感謝

⑨祝い/呪い

⑩やる気を高める脳内物質

⑪脳内引きこもり

⑫メンタル・バンク・コンセプト 

 

 

潜在意識を応用する

 執筆中

①お金儲け

②恋愛

③人間関係

④美容・健康・病気

⑤スポーツ・勝負事

 

 

 

潜在意識に関するおすすめのブログ・サイト

 

 執筆中

 

潜在意識に関する本

 心については、本で学ぶ。

tilt.hatenablog.com

 

 

 

書くの意外と大変

後悔しない生き方? ないよ、そんなの

生きていれば後悔して当たり前じゃないだろうか?

 

人間誰でも、行動すれば、失敗する。

失敗すれば、「あのとき、こうしていればよかったのに」と後悔する。

それは自然なことだと思う。 

 

よくスポーツ選手なんかが

 

「私のスポーツ選手としての人生に悔いはありません」

 

なんて言っているけど、強がっているだけだ。

あるいは自己欺瞞だ。

 

彼らほど後悔が大きい人たちはいないだろう。

 

銀メダルしか取れずに志半ばで舞台から降りなければならない。

志望するチームに入れず、弱小チームで選手生涯に幕を閉じる。

 

そんなことばかりだと思う。

 

金メダルをとれる一部の華やかな選手だけがクローズアップされるから見えにくいだけで、本当は自分の理想と現実のギャップに苦しんでいる人たちも多いはずだ。

 

 

「後悔しない人生を歩もう」というのは、むしろ後悔を引き寄せることになる。

 

後悔しまいとして、あれもこれもやろうとする。

後悔しまいとして、自分の実力を超えて何か特別なことをやろうとする。

 

結果、余計に失敗をすることになる。

 

だからと言って何もしないわけにもいかない。

それじゃあどうするか?

 

後悔する生き方を自分から選べばいい。

 

むしろ積極的に後悔してやろうと思って生きてみる。

 

それでどうなるかなんて知ったことではないが、一つの生き方としてはありなんじゃないかと思う。

 

取り返しがつかないと後悔しているなら、その取り返しがつかなくなった地点から、もう一度やってみればいい。

 

自分から後悔を積み上げていく。

 

そっちの方が、面白い人になれそうじゃないか?

アフィリエイトで稼ぐ方法を求めてウンザリした人が絶対に止めるべき6つのこと

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突然だけど、このブログはぼくにとって5つ目のブログだ。

 

1つ目のブログは数記事書いて放置。

 

2つ目のブログは2か月ほどやって、100記事以上書いたけど、あまりの質の悪さに止めてしまった。

 

3つ目のブログは「あ、これ、自分がやらなくてもいい内容のブログだ」と思って、開始2週間もたたずに止めてしまった。

 

4つ目のブログは、このブログと平行してやっている。

 

 

 

 

 

そして立ち上げたのが、このブログ。

 

正直言って、最初の3つのブログは書いていても何だか楽しくなかった。

その理由はよくわかってる。

 

お金儲けのために始めたブログだったから

 

これにつきる。

 

常に頭のどこかで

 

アフィリエイトで早く稼ぎたいよ~」

「PV数を上げるには、とにかく量を生産せねば、量を!」

「あと質も大事だ、質も!」

「記事ネタねえよ、どうしよう」

 

って思ってるんだもん。

 

おまけに、記事を書いていても終始、

 

「この記事でPVは増えるだろうか」

 

と不安だったり

 

「金!金!金!」

 

って感じだったり。

 

そんなふうにして記事を量産し続けて一体何が楽しいと言うのか。

 

自分に嘘をつきまくった。

 

記事ではたまに、こう書いてたよ。

 

「ブログ楽しい! すっげえ楽しい!」って。

 

ごめん、完全に嘘だわ。お金稼ぎたくてブログやってたわ。

3000字を超える長文記事とか、書いていて苦痛でしかなかったわ。

 

「あ~、早く書き終わんねえかなあ、この記事」

「まだ1000字しか書いてないけど、とりあえず適当に『最後に』書くか」

 

常にこんなだった。

表面的には楽しんで書いているふりをしていた。

でも、考えていないふりをしていても、無意識ではこう思っていた。

 

それに、こんなことを書いたこともある。

 

「読者のことを考えて書くってやっぱり大事ですね!(ドヤァ)」

 

読者のことを考えて書く? はあ? 

お前みたいなのが、どの面下げてそんなこと言ってんの?

 

そんなんしてねーだろ!

 

完全にエゴむき出しで書いてたよ。

ただ記事数を増やして、儲けることだけ考えてた。

 

あとね、こうも書いたことがある。

 

「ブログってので求められているのはリアルな体験なんだよ。

やみくもに書いてもムダムダ」(決まったぁ…!)

 

そのわりにはお前、全然PCの前から動かないし、体験記事なんて全く書かなかったよね!

 

……だって、めんどくさいし。

 

なんでこんなことを書いてきたのかって?

 

そりゃあ、もちろん、偉大なる先人たちがそう言っていたからさ。

 

イケダハヤトもヒトデも、そう言っていたから。

 

表面的に彼らが言っていることだけマネした。

彼らが見ているものはマネしなかったくせに。

 

それにいろんなサイトでアフィリエイトの手法を見たら、「とりあえず100記事書け」って書いてあったり、「読者のことを考えて書け」って書いていたから。

 

だからよくわからないままに、それらを鵜呑みにしていたのさ。

 

それだけさ。

 

だけど、ぼくは悪くない!(開き直り)

 

イケダハヤトとかヒトデとか面白くて収益もたくさんあって、「あいつらみてえになりてえなお金稼ぎてえな」って思ってた。それだけだったんだ、クソッ。

 

浅はかだった。

 

彼らのマネをして記事を書いても、彼らのようになれるわけなんてない。

 

というか、なる必要がない。

 

別にブログでお金を稼ぐ必要もない。

 

遅ればせながらそんなことに気づいた。

 

普通でいいんよ。普通で。スペシャルでなくていい。

 

高知で農業しなくてもいいし、仕事しながら笑える面白記事を書かなくてもいい。

 

テクニックもノウハウも何もいらない。

 

ブログを書く目的をはっきりとさせる方が大切だ。

 

100記事以上書いて、何個もブログを作って、ようやくそれに気づいた。気づいてしまった。

 

気づいてしまったので、、いまブログで必死に儲けようとしている人のためにアフィリエイトでやめるべきこと」を書いてみることにした。

 

だって、ぼくと同じように「よっしゃあ、ブロガーでアフィリエイトして、イケイケで儲けてやるうううう」って必死になっている奴が今、日本中にいるだろうから。

 

前置きが長くなった。

 

始めよう。 

 

やめることその1:「1000字以上書く」

 

300字で終わるブログだったら、別にそれでもいいんじゃね?

500字しか書けなかった? うん、それでもオッケー。

 

アメブロあたりにいっぱいいるじゃん、そういう人。

 

1000字以上書くとSEOに有利だって?

 

ふーん。

 

SEOとかどうでもいいじゃん。

 

検索してトップに踊り出るのが、あなたがブログをやっている「本当の」目的なの?

違うだろ?

 

お金儲けがしたい?

本当にそれだけの理由でブログを書いているの?

 

いいや、そんなことは無いはず。

 

だって、金儲けだけなら、別の仕事が腐るほどあるだろ?

 

何もブログなんて書く必要ないじゃないか。

 

ブログを書く本当の理由

 

そろそろ自分に正直になろうぜ。

 

 

リアルじゃあ簡単には話せないことがあって、それをどこかに吐き出したい。

だけど、どこで誰に話せばいいかわからない。

コミュニケーションがとれない。

 

2chだと叩かれそうだし、twitterでは短すぎる。

友達に言えば、なんか煙たがられそうだ。

そもそもそんなに友達もいない。

恋人もいない。

仮に友達や恋人が話を聞いてくれたとしても、

うまく気持ちを言葉にできるかすらわからない。

「なに言ってんのこいつ?」って言われそうだ。

 

落ち着いて考える時間が無いと気持ちがまとまらない。

 

そんならブログにするか。

ブログなら見たい人しか見ないだろうし。

お金も稼げるみたいだし。

 

てな理由でブログを始めたんじゃないの?

 

あるいは、「ああ、生きるのしんどい」「仕事辞めたい」ってなってさ。

 

だけど自分には特別な才能もない。どこかへ逃げ出す能力がない。

 

ラットレースに一生乗るんだろうか。

このまま冴えないサラリーマンで終わるんだろうか。

 

ノマドライフ? 自由を満喫? クリエイティブな仕事?

海外で働く? 外資系? 早期リタイヤ?

 

笑えねえ。

 

絵が描けるわけでもないし、小説が書けるわけでもない。

 

モデルのようにキレイでもカッコよくもなければ、

芸人のように顔出しして人に笑われる覚悟もない。

 

プログラミングができるわけでもないし、東大に入るような頭脳もない。

 

投資で一山当てたいけど、当てるどころが元金が減っている。

 

映画や本をたくさん見たり読んだりしても虚しさしかない。

 

誰かといたって孤独しか感じない。

 

ただ1日1日年老いていくだけ。

 

閉塞感しかない。

 

でもなんとかしたい。何か自分が変わるきっかけが欲しい。

 

もし今の働き方が変われば。

 

もし今の生活が変えられるなら。

 

もし人生が変えられるなら。

 

そうして、自由を求めてブログにたどり着いたんだろ? 

 

そうやってやっとこさ見つけた場所で、

また苦しくなってどうすんのよ?

 

成功なんて、自分の努力でどうにかなるものではない。

 

成功しようと思ったからできるわけじゃあないんだ。

 

ただ、ちょっと行動してみたら、なんとなく「しっくりくる」感覚があって、その感覚を頼りに、なんとなく進んでみたら、成功があるんだ。

 

だからもう無理すんな。

 

話が逸れた。

 

とにかく「1000字以上書く」なんて決めて苦しむな。

300字で記事が終わるならそれでいいじゃない。

それしか書きたいことが無かったなら、それでいいんだ。

下手にかさ増しして、それで量を稼いだところで、疲れるだけだぜ。

余計に自分の書きたいことがわからなくなるだけだ。

 

気もちが乗って、本当に伝えたいことがあれば、字数なんて勝手に増えていくだろ?

そういう気分のときだけ書けばいいんだよ。

 

 

やめることその2:「1日1記事書く」

 

そもそも、書く以前にやる気が出ないときもあるよね。

PC開くのすらダルいとき。

 

「あー、書きたくねえなあ、でも自分で決めたルールだしなあ…」

 

あのな、そんなら、書くの止めろ。

書きたくないなら、書くな。

駄文をネットに増やすな。

ゴミばっかだぞ、今のネット。

 

毎日書くことが大事じゃないんだよ。

書きたいことを毎日書くことが大事なんだよ。

ここを勘違いしているやつが多すぎる。

 

確かに毎日書けば、ブログにパワーが出てSEO的にもいいのかもしれない。

Googleクローラーにも「お、頑張ってるね」って評価してもらえるかもしれない。

検索からの流入も見込めるかもしれない。

 

 

でもさ、それで消耗してどうすんの?

 

消耗する場所は東京だけではない。

ブログの世界だってそういう場所になりうるよ。

 

記事を書いていて、あなたが楽しいかどうかが問題だ。

自分が本当に書きたいこと。それがあるから書くの。

そうじゃないなら、書かないの。

 

ブログなんて、会社でやるような仕事とは違う。

辛かったら休めばいいし、書きたくなかったら書かなくていい。

 

なんであなたは、自分で自分を奴隷化してんの?

なんで会社にいるときみたいに歯食いしばって記事書いてんの?

 

書くということは、本質的には暇つぶしであり、気持ちや考えを自分なりに整理することであり、余暇の有意義な使い方なんだよ。

 

もっと自由にやろうよ。

 

書きたくないときに記事を書くってことは、ネガティブな気分やオーラを漂わせながら書くことだ。

 

そんな気分を漂わせながら書いた記事、いわば負のオーラが乗っかった記事で、誰かをハッピーにすることは出来んのか?

 

あなた自身がハッピーでないと、他人を喜ばせることはできない。

 

例えば、自分のしている仕事を思い返せば、わかる話だ。

 

自分が笑顔のとき、自分が嬉しいとき、お客様も喜んでいるだろ?

 

自分が緊張しているとき、自分が不安なとき、責任で押しつぶされそうなとき、顧客の方でも敏感にそれを察知して、どこか違和感を覚えているだろう?

 

記事を書き始めた瞬間に、本当はわかっているはずだ。

 

「この記事ではダメだ。誰も読まない。」

「苦しいから早く執筆を終えたくて、デタラメに書いている。」

「適当に見繕ってそれらしく見せようとしているだけだ」

 

ってさ。

 

もういい、休め!

一度休んで出直せ。

 

 

やめることその3:「とりあえず100記事」

 

これ全然あてにならないぞ。

 

と言うか、そもそも、その「とりあえず」ってのが一番だめなんだ。

 

「とりあえず」なんて気持ちでやってるから、ただ駄記事を生み出すだけの壊れた機械みたいになっちゃうんだ。

 

とりあえず100記事なら、今時、AIの方が上手に書けるぜ?

りんなにでもやらせたらいいよ。そんなこと。

 

人気があるブロガーの記事を目ん玉開いてよーく見てみなよ。

「とりあえず」書いた記事なんて1つも無いから。

 

 

「とりあえず100記事」じゃなくて、「全力で10記事」書け。

 

反応が全く得られなくても、絶対にそっちの方がいいから。

そっちの方が書いていて面白いから。

読者が満足しなくても、まずは自分が満足する。

それって大事なことだろ?

 

 

やめることその4:「極限までターゲットを絞る」

 

バズ部あたりに書いてるだろう?

 

ターゲットの顔を思い浮かべながら書けって。

 

できれば、相手のライフスタイルやら性格まで、

具体的にイメージできるところまで絞ることができてから書けって。

 

それが人を集められるブロガーのやり方だって。

 

 

でもさ、あなたが書いてみて反応の良かった記事について、ちょっと思い返してみて欲しいんだ。

 

気分が乗ってきて、最高のクオリティで記事が書けたとき、

あなたは事前にターゲットとなる読み手なんて想定したのか?

 

よくわからないけど、気分が乗ってきた。

タイピングにリズムが出てきた。

考えていることがそのまま文章になっていく。

それで勢いに任せて、ターゲットなんて特に考えず書いて投稿した。

 

気づいたら、それに対して共感してくれる人がいた。

自分の意図しないところから反応があった。

あなたのおかげで助かったって言ってくれる人がいた。

 

そんなもんじゃなかった?

 

 

とは言え

 

もちろん、書いた記事が特定の誰かに向けられていることはある。

それは確かだ。

 

だけど、最初からそこを狙っていこうとするな。

 

「うろ覚え」と断って話をしたいんだけど、スティーブン・キング(たしかスティーブン・キングだったと思う)がこんなことを言っていた。

 

彼は最初に小説を書いているとき、自分が小説にどんなメッセージを込めたいのかわからず書いているそうだ。

 

ところが、書き終えてみると、それが明らかに何らかのテーマを内包していることがわかる。

 

そこで、もう少しそのテーマの輪郭をはっきりとさせるために、リライトをするそうだ。

 

リライトして出来上がったものはテーマがはっきりとしている。

 

結果的にそういう作品は読み手にもよく読まれるらしい。

 

 

ぼくがこの例で何を言いたいかというと、

 

最初、キングは、何を書いて何を伝えたいかなんて、わかっていなかったということだ。

 

このキングの例からぼくたちは、読み手=ターゲットを明確にするアプローチについて何か学ぶことはできないだろうか?

 

つまり、(キングの場合と同じように)僕らが考える記事の「読み手=ターゲット」というのも、書いてみるまで分からないのだ。

 

逆に言えば、書いてみれば、必ずそこにターゲットの輪郭らしきものは見えてくるはずだ。

 

そこでもう一度記事を洗練させればいい。

 

ちょうどキングがやったように、リライトして、自分がメッセージを向けるべき相手をはっきりとさせればいい。

 

そういうやり方の方が自然じゃないだろうか?

 

まとめると、

 

ターゲットを極限まで絞る→記事を書く

 

というやり方ではなく、

 

記事を書く→記事からターゲットを読み取る→記事を推敲しターゲットを絞る

 

ということだ。

 

 

やめることその5:「読み手を変えようとすること」

 

「あなたの記事を読むであろうターゲットの不安や苦痛を解消しなければならない」

 

アフィリエイトについて書いた記事で、よく言われるよねこれ。

一理ある。そういう記事には価値があるんだろう。

ぼくだって悩みを解決するために他人の記事を見るもの。

 

けど、ぼくらって、「他人の不安や苦痛の解消」ができるほど万能なの?

 

その人の問題は、どうやったって、その人にしか解決できないんだ。

 

確かに僕たちの記事の一文が何かしら読み手の生活を変えることはあるかもしれない。

 

でもそれは、読み手が無意識に抱いているフィーリングと僕たちが記事に投影した気持ちが「たまたま」リンクしたからなんだ。

 

偶然の一致なんだ。

 

読み手をどうにかしようとして、変にぎこちない誰にでも書ける文章を書くよりなら、誰にも見向きもされないが、あなただけにしか書けない文章を書くようにしよう。

 

たしかに、誰かのために何かアクションをするのは大事だ。

でも、「助けてやろう」というのは少し違う。

その辺のバランスというか謙虚さは忘れたらダメだ。

 

 

やめることその6:「収益やPV数を極端に気にする」

 

 

記事を書き終える毎に、PV数を気にするのはもう止めようぜ。

それってすっごい気持ち悪いことなんだ。

 

例えばさ、付き合ってる彼氏彼女に30分おきに電話かけてみなよ。

気持ち悪いだろ? 嫌われるだろ?

それと同じことをしているんだぜ?

 

収益についても同じだ。

 

投資をやったことがある人ならわかると思うけど、お金って自分が見ていないときに増えるんだ。

逆に、気になって気になって仕方がないときにはお金は増えない。

むしろそういうときには、余計な売買をしてお金が無くなっていく。

不思議なんだけど、そうなっているんだ。

 

貧乏人ほどお金に執着すると言われる。

気にし過ぎるからうまくいかない。あれこれ、余計な兆候を見出してしまう。

 

PV数や収益が増えていくのに楽しみを覚えるなら、それはそれでいいんだ。

それは成長のあかしだ。

 

でも、最初からそれをやるべきじゃない。

いつの間にかPV数や収益がブログの目的になってしまう。

 

PV数や収益を見て、落胆したり、不安になったりするのもまた違う。

 

ブログを書く目的は何だったか、もう一度考え直してみて欲しい。

 

 

まとめ

 

長々と書いてきたけど、ようするにぼくが言いたいことは、

 

「誰のマネもすんな。テクニックより重要なことは何か考えろ。お金は二の次だ」

 「そしてなにより、楽しんで書け」

 

ということに尽きます。

 

でも、この「楽しんで書く」というのが難しい。

 

いや、もっと正確に言えば、普通にやれば楽しんでできるはずなのに、それを自分で難しくしてしまう人がいるということです。

 

そうです、ぼくです。

 

「ブログを何とか収益化しないとダメなんだよ! 

生活が懸かっているのに、楽しんで書くなんて悠長なこと言ってられっか」

 

という人の気持ちもよくわかります。

そもそもぼくがそうですから。

 

いま、ぼくは自営業(という名のニート)をしています。

仕事、嫌になって辞めちゃったんです。

逃げてきちゃいました。

逃げてブログを書くなんて我ながら本当に安易な考えです。

 

そんな人間だからこそ、ブログに対して視野が狭くなるんですよ。

ブログというツールは素晴らしいものなのに、自分で面白くなくしちゃってる。

ブログを書くのがつまらないなら、ブログなんて止めて、別な仕事をした方がいいんです。

 

100記事以上書いて、ブログをたくさん作って、いろいろなことを学んだので、書いてみました。

 

これからは自分が楽しんでブログを書きます。

 

みんなもそうしなよ。絶対にそっちの方がいいから。

ブログ始めました。

ブログには、自分が思った通りのことしか書くことができないんだと分かったから、無理はしないで、自分が書けることを書いていこうと思う。

 

前提が間違っているのに、正しい場所にはたどり着けない。

 

自分が書く必要のあることを、書きたいときに、書きたい分だけ書く。自然に書けることだけ書く。

 

もうそれでいいや。

 

と思ってブログを始めました。

管理人のTILT(てぃると)です。

 

はてブロから1度アカウントを消し去り、今回は2度目の登録です。

自分が満足できなきゃ、ブログなんぞやる意味はない。

 

ためになることは何一つ書きませんが、暇なら読んでいってください。