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てぃると。心の底から書きたいことを書く。

【成功体験がないやつちょっと来い】成功と失敗を分けるたった1つの違いについて

犬の散歩をしながら、これまでの自分の成功体験と失敗体験を思い返してみた。

 

それで、成功できたときはなぜ成功できたのか、失敗したときはなぜ失敗したのか考えてみた。

 

振り返ってみると、成功したときも失敗したときも、大して差がないように思えた。

 

どちらの場合も、同じように情報を集めて知識を蓄え、すでに成功している先人たちからアドバイスをもらった。

 

にも関わらず!

 

同じようにやったはずなのに、圧倒的に成果に違いが出る。

 

どうしてだろうと思った。

 

仕入れたテクニックの量の差か?

 

反復練習の量の違いか?

 

うんうんうなりながら考えてみたんだが、それらしき違いもない。

 

それなら運の違いか?

 

それとも才能の違いか?

 

そんなことを考えていたら、はっと気がついた。

 

 

 

たった一つの違い

 

成功したときと失敗したときで、一つだけ全く違うものがある。

 

それは強烈な目的意識

 

よくよく考えてみたら、成功したときは、

 

「なぜこれをやるのか」「なぜ他の誰でもない自分がこれをやらなければならないのか」

 

という点がはっきりしていた。

 

例えば、大学受験のとき。

 

浪人していたため、「もう後がない、これに落ちたらもう終わりだ」と思っていた。

 

だから、猛烈に勉強した。

 

今考えれば、効率も悪ければ要領も悪かったんだが、それでも一応合格は出来た。

 

強烈な目的意識があったからだ。

 

 

知識量の有無やテクニックは二の次

 

成功するためには、「知識が必要だ」「テクニックが重要だ」と考えがちだ。

 

だけど、こいつらはしょせん枝葉でしかないんだよねー。

 

もっとも重要なのは明確な目的。やり遂げる強い意志。

 

それがなければ、どれだけ知識を手に入れようと、どれだけいい情報をもっていようと勝てはしない。

 

失敗したときを思い返してみるとわかるんだけど、とにかく甘いんだ自分に。

 

僕の場合はほんとそう。

 

目的がはっきりしなくて、本当にやる必要がないから、やっていない。

 

目的がはっきりしなくて、本当にやる必要がないから、どこか身が入らない。

 

それだから失敗する。

 

「やってみたけどダメだった」なんて言い訳してみるけどさ、

 

「やってみた」なんてこと本当は無いんだよね。

 

「できたか、できなかったか」しか無い。

 

目的意識があると、一瞬一瞬に対する集中力も違ってくる。

 

当たり前と言えば当たり前なんだけど、当たり前のことが一番難しい。

 

 

「目的意識をもってやっている」というヤツの9割が信用できない

 

「それなら、成功するために、これからやることは全て目的意識をもってやればいいんだな」

 

ということになるんだけど、この目的意識を見つけるのがまた難しい。

 

というか、たいていの人がやってしまいがちなのが、

 

「目的? もちろんラブ・アンド・ピースさ。あはははは」

 

みたいな、チリほども思っていないことを目的にしてしまうっていうね。

 

あるいは、そこまでいかなくても

 

「他人の役に立つため!」

 

とか

 

「親を助けたいから!」

 

とか。すっごい善人気取りのやつ。

 

お前本当にそう思っているのかよ!? そんなの絶対嘘だろ! って言いたくなる。

 

自己啓発書とかに影響受けて、他人のためになんかした方がいいのかって思って、

 

利他的な動機から行動を起こしてみたことがある。

 

でもそういうのは絶対にうまくいかない。

 

いいことをしているはずなのにうまくいかない。

 

自分の成功体験を思い返してみるとわかるんだけど、「他人のため」で成功していることがほとんどない。

 

むしろ、劣等感とか自分のふがいなさに対する怒りとか、そういう負のエネルギーから出た執念みたいなものが目的意識を形作っていることが多い。

 

あくまでぼくの場合だけどね。

 

結果的に他人のためになっていることはあっても、まず中心にあるのはいつでも自分だった。

 

自分が楽しんでやっていたら成功して、いつの間にかそれが他人のためにもなっていたってやつ。

 

ものすごくエゴイスティックなやり方なのはわかっているんだけど、そのエゴのドロドロした部分っていうのは、核燃料並みのパワーがある。

 

だから自己に根差して目的を考えてみたら結構うまくいきそうなんだよね。

 

いや、もちろん、他人のために何かしたい! っていう意識も大事だよ。

 

それはわかっている。

 

だから他人のために強い信念が持てる人がいれば、それはすごくいいことだと思うんだ。

 

ただ、僕の場合はもう少し、自分を軸に据えた方がうまくいくというだけ。

 

たぶんこの辺は人それぞれだと思う。

 

 

執着と執念

 

さっき執念って言ったけど、

 

「執念をもってやってれば、対象に執着してしまって、かえってうまくいかないんじゃないか?」

 

と思ってしまうこともある。

 

たしかに執着すると絶対に失敗するし、執着はときに人生を狂わせる。

 

でも執念と執着は違うよね?

 

執着はまだ何かにとらわれているけど、

 

執念となると、もう既に、変なこだわりは消えているんじゃないかな。

 

だから、執念ならどうだろう?

 

って考えたとき、それならうまくいくって分かるんだよね。

 

 

映画『セッション』に学ぶ執念

 

『セッション』って映画をこの前見たんだけどさ、

 

 

鬼コーチが青年ドラマーにパワハラまがいの指導をするわけよ。

 

でも青年ドラマーは死ぬ気でその鬼コーチのトレーニングについていくの。

 

でね、映画の途中でコンサートのシーンがあってさ。

 

そのコンサート会場に向かう途中、青年ドラマーは交通事故に遭うの。

 

車の運転中に衝突事故を起こすわけ。

 

でも、事故にあったことなんか気にせず血まみれでコンサート会場に向かうのね。

 

もう周りの仲間もドン引きよ。えぇ・・・って感じ。

 

でも、

 

あれ見たとき、あー、執念だ。執念があれば、絶対に人は折れないんだなあって思ったよ。

 

いや、あれはあくまで映画だから、現実では・・・って話なんだけど、

 

でもさ、あの映画を作った監督が言いたいのは、そういう執念のすごみみたいなもんなんじゃないかと思うわけですよ。

 

もう理屈とかテクニックとかの次元じゃなくて、そういうのを超えた先のエネルギーというか、何かそんな感じのもの!

 

それが大事なんじゃないかと。

 

別にあの映画で、「目的意識がー」とか「執念がー」とか言ってたわけじゃないけど、ぼくはそういうことなんだと自分で納得しています。

 

 

まとめ

 

なぜか失敗ばかりのやつは「自分がそれをやる目的は何なのか」について見直してみよう。

 

やっぱり失敗するよりは成功する方がいいよね。

 

ぶっちゃけ、失敗とか苦労とか何の役にも立ってないもん。

 

成功した経験は強烈に自分を支えているけど、失敗体験はほんと少量でいい(全く無いのも問題だけど)。

 

それにしても・・・、

 

こんな記事をここまで読んでる人って、失敗ばかりのダメ人間だと思う。

 

でも、ぼくもそんな感じだから、気にすんなよ!

 

 

 

うん。まあ、

 

頑張っていこう!